2010年04月02日

農家の売り子プロジェクト

農業さんを販売面から支援する!というコンセプトの元に開催された講座があるので行ってきました。主催のアズキさんを知ったのはmixiでのニュース記事かコミュニティへの投稿だったような気がします。

農業支援の仕事をされていて、かつ休みの日などは農家さんのお手伝いなどをしたりもしている…まさに「半農半X」というライフスタイルを実践されている。そういった生活を目指している私としては、非常に好奇心を刺激される方でして、いつも気になっていました。

そんなアズキさんが東京で開催する講座ということなのでお知らせをいただいた瞬間に即決で申し込みました。

この講座は、3月26日(金)と3月27日(土)の二日間にわたって行われます。1日目が売り子になるための座学です。2日目が実際の店頭販売から「商い=飽きない」を学ぶ演習形式。

■3月26日(金):農家の売り子講座
講師 レッドビーンズ代表 小豆 佳代氏

農家の売り子として、農家のパートナーとなるために「農業のちかくで、農業を販売面から支援する」仕事になるための講座です。 おもに講師の小豆さんの成功事例をモデルケースとして話が進んでいきました。

第一部では、農家の売り子として農家のパートナーとなるためのノウハウが展開されていきます。第二部では、農産物のネットショップを始めるためのノウハウが展開されていきます。

ぼくが感銘を受けた箇所は下記のとおり。

1:消費者の声を農家に届けることで農家さんにやりがいを与えることができる!
農協を介する一般的な販路では、農家さんに消費者の声が届くことはまずありえない。スーパーに並んでいる大根は、いろんな人が作った大根のごった煮なので、一本一本誰が作ったかなんて気にしないし、そんなことをよりも安いものを!というのが都会市民の現状でしょう。
ところが、自分が販売に立って、農家さんと消費者を直接結ぶポジションであれば、消費者の声をそのまま農家さんに伝えることが可能となる。これによって、農家さん、販売者、消費者にいい循環が生まれるわけです。

2:とにかく足を運んで現地で農家さんと接すること!
アズキさんのネットショップが一般的なECサービスと大きく違う点はまさしくココ!現地で農家さんと接して直接対面で信頼関係を築くことの重要性を訴えている。技術云々の話よりもまず、人と人との接点を大切にする小豆さんらしいやり方だと思ったところです。
この現地主義は私も大賛成でやるのであれば、私も直接農家さんの近くで販売支援の仕事をし、ゆくゆくは(あるいは併行して)自分も生産者として関わり合い、仲間になっていきたいと思っています。
アズキさんの話ですが、農家さんは、手取り額が増えたらいいというものではない。お金で動くとうわけではなく、こま目に足を運んで会いにきてくれるほどの熱意ある人を信頼するという傾向にあるとのこと。
なるほど、これは彼らが変わっているのではなく、私たちの何でもお金という価値観が、どれだけ自然の感情からするとゆがんでいるのか・・・ということを感じたところです。

3:農家さんとどうやって知りあうか!
こういうところも、取り上げてくれているところがよかった。私のように家族は全員都会人で、およそ農家さんと縁がない私としてはもっともありがたいです。
◇都市部で開催されている、農家が出店しての産直市
◇行政等の支援事業として行われている、農家のプレゼン企画
(農家じゃないぼくでももぐりこんでいいらしい)
◇農業体験や、収穫イベントなどの実地イベントを開催しているところに利用者として行く・・・などがあるとのこと。

そのほか、ネットショップを運営するときのノウハウをいろいろと教えてもらいましたが、私にはWebデザインをする能力はありませんが、知人でこれができる人を知っています。

そして、店舗デザインとかマーケティングでは、私の父がその道のスペシャリスト。私の企画にはけっこう賛同してくれていて、展開を始めたときにはいろいろと力を貸してくれそうです。

では私には何ができるのか?・・・もう、答えは1つしか無くて、さっさと現地へ行って農家さんに誠意を見せてこい!ってことです。逆にいえば、こういったことであれば、たぶんフットワークの軽い私の方が向いているだろうとも思うわけですし・・・適材適所ってところでしょうか。

何でも自分でやろうとするのではなく、縁や友人関係も大切にしていこうと改めてそれを感じた次第です。



■3月27日(土):野菜販売の実地体験講習
講師 NPO法人日本きぎょうコミュニティ代表理事 中尾 吉宏氏

さて、二日目は八百屋さんでの店頭販売演習です。ただの演習ではなく、起業家サークルの代表の刺激的なレクチャー付き。

大阪の商人魂を生で見たのはぼく初めてです。正直、圧倒されました。また、人生で一度も聞いたことのないような起業のエッセンスは聞いてるだけで新鮮、斬新。そして、その行動力がすごい。ぼくもそこそこある方だとは思っていたけれど、長い間の会社生活のせいで、いかに事なかれ主義の無難なテンプレ人間になり下がっていたかを実感。

そんな中尾さんの言葉で感銘を受けた部分は「お客様は神様じゃない!自分たちのやっていることはこんなにも素晴らしいことなんだ!それをお客様にも知ってもらいたいんだ!という気持ちでやれ!」というところ。媚びるんじゃなくて、知ってもらう!友達になる!という感覚・・・というところ。とすれば、テンプレ接客用語なんかではなくて、心を通わせた楽しい会話ができる。・・・というあたりかな。

あとは、なぜその商品にその値段をつけるのかということの意義がはっきり語られていたことがすごかったですね。ものを買うのではなく、あなたから買うのだ、というプレミアムを付けれるかどうかです。

実際販売してみた感想ですが、私は対面接客の経験はけっこうあるはずなのに、思った以上に動けていませんし、声もかけれていなかったのではないかと思います。不思議なことに自然な笑顔が出ない。嫌われたらどうしよう、なんか迷惑なんじゃないか・・・といった会社でやってる遠慮がそのまま出ている感じでした。会社の外に出ると自分はこんなにも動けないものなのかと、歯がゆい思いをしたところです。



そんなわけでして、店長さんの名刺はいただいたし、この講座とは別に単身、もう一回乗り込んでリベンジさせてもらおうじゃないか!と密かに画策中。

そうそう、ここの店長さんは、ものすごくやさしい人柄で、これからもお付き合いをしていきたいなと感じるようなそんな方でした。迫力ある講師の商人魂も良いけれど、この店長さんのような誠実そうな人柄で大阪商人魂とは別のアプローチの仕方もあるんじゃないかな?とか考えたりしてました。

まだ、うまくまとまっていませんが、こういうことを考えるのはなかなか楽しいですね。本来なら、仕事はこういう感じで楽しく、いろいろチャレンジしてもいいのではないか?と思ったりしています。
posted by 葉隠さつき at 01:30| Comment(29) | 「農」に向かって | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

おカネに支配されない緩い生き方

間をおかずに更新する予定が、だいぶ間が開いてしまいました。申し訳ありません・・・。

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おカネに支配されない生き方というのは、カツマー的なお金に愛される生き方と何が違うのかと言えば、おカネの量を問題としないということです。おカネは日本全国どこへ行っても価値は同じですので、質という問題は発生しません。

なぜ、私たちはおカネに苦しむのかと言えば、都会人の場合、生活に必要なもの、生きていくのに必要なもののすべてにおカネがかかるからです。しかも、それが当たり前で自然なことであるかような価値観の中で育っているため、自分たちがおカネに「支配されている」ということを自覚することすら難しい状況に居ます。

カツマーは努力と投資によって、入ってくるおカネを増やすことでおカネに愛されるとしています。しかし、これは世間で騒ぐほど世の中の問題を解決しません。

自然万物の物はすべてときの経過によって減価していきます。生鮮食品は腐敗していきますし、工業製品だって年式が落ちれば減価します。ところが、おカネというものだけが、銀行預金とか国債とかを見ればわかるように預けておくだけで自己増殖する。今の時代、労働賃金だけでは生活が苦しいので資産運用などで不労所得を増やすことがむしろ推奨されているわけですから、「物」の実態と「おカネ」のバランスがどんどんと乖離していくのは当然のことです。

この乖離があまりにも著しいために起こってしまったのがサブプライムローン、リーマンショックに始まる金融危機であり、現在の100年に1度の大不況です。

カツマー的なおカネに愛される生き方は、これらの問題を起こした根本原因の制度を個人レベルでもっと利用して入ってくるおカネを増やしましょうということです。それに、全員が全員、資産運用でおカネを増やすことはできません。資産運用とか投資というのは余裕資金でやるものですので余裕の無い人に実行できません。また、投資や資産運用は複利の仕組みで動くので手元の資本が大きい人ほど多くの利ざやを稼げる仕組みになっています。よって、資産運用がブームになっても貧富の差はますます拡大していくことが簡単に予想されます。

ですから、手元に大きな資金が無い方は、そんな生き方はやめましょう。まずもってスタート時点で大きな不利です。そんな状態でおカネに愛されることはありません。おっと、大前提を忘れていた、そもそもおカネに愛なんてありません。



では、そういったおカネを増やす方向ではなくて「おカネに支配されない」ようにしていくにはどうすればよいのか。それが、前回の記事で取り上げた内容と大きく関係しています。

結論から言うと、食料やエネルギーなど生活に必要な部分を自給していき、あまった部分だけを売っておカネを少量稼ぐ・・・という生活スタイルにシフトしていくことです。幸いにして、日本にはまだ、全国民を養っていけるだけの広い農地があり、土壌も恵まれていてます。水資源も豊富です。

おカネが無くてもとりあえず、食っていくことはできる・・・こういったセーフティーネットがあれば、おカネが無いからといって奴隷のように働かなくてもいいじゃないかと考えることができるようになりますし、おカネがすべてという価値観が、実はすごく貧しい考え方であるということにも気づくのではないでしょうか。

最近はプライベートで地方に行くことが多いですが、地方は経済のめぐりは明らかに都市部より悪いにもかかわらず、そこで生きている人たちはみんな都市部の人たちよりも元気です。都市部の元気は実体の無い空元気であることが多いのですが、地方の人たちの元気は生命のオーラの強さを感じます。

地方にはおカネではなく、実体である「物」が豊富なので、やはり非金銭的要素については圧倒的に強いんですね。都市部では、逆にすべてがおカネで調達するような仕組みになっていますので、非金銭的要素は逆に排除されてしまう・・・。

だから、おカネに支配されない生き方をするには、都市部よりも地方が圧倒的に有利でそのために私は、脱都市を目指して今を生きていたりします。早く、地方での生活実態とかをリポートして都心部の皆さんにお届けしたいなぁ・・・なんてことを考えていたりするんですが・・・今のところ、まだ、私もおカネに支配されている状態なので、まずはここからの脱却を目指して人生を進めていこうと思っています。
posted by 葉隠さつき at 08:11| Comment(3) | 「農」に向かって | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

放牧牛が宝の山つくる

日本経済新聞 2月18日 夕刊
シニア記者がつくるこころのページ(毎週木曜に掲載)

農業の工業化が進む中で、人も牛も農業も自然と生きる力を失っている

高度経済成長期に入るまで、日本の農村では農家の庭先で鶏がコッコと歩き回り、地方によっては同じ屋根の下で人と牛が共に暮らす生活もあった。それから50年。

米国型畜産を「坂の上の雲」として、これからの農業は企業的経営が必要になると、輸入飼料に依存した大規模経営に向かい、鶏や豚のように牛までが農業の工業化への道をまい進することになる。その結果、農村は疲弊、農家から家畜が消えた。

「里山は荒廃、イノシシなどの獣害が増えた。農家の高齢化も進んでいる。農業への新規参入を容易にする道を開き、農家の知恵と技術を次の世代に継承しないと、農業の維持さえ困難になる」
その一方で、輸入飼料に依存した大規模経営は、飼料の高騰で危機に瀕し、国内資源に依存した畜産への変革が求められるようになった。
「農業を工業化と企業家の権化のように考えている米国の農家の中にも規模拡大競争に疲れ果て、このままでは先が見えないと思う人は多い。その人たちが、自然の資源を複合的に組み合わせる農業で、心豊かな家族経営を実現していた」
「人が生きていくのを支えているのが農林漁業なのに、その農林漁業で生活できないという深刻な悲劇はどうして生まれたのか。農業に生産費概念を持ち込み、経営と家計を分離したことから農業がおかしくなったように思う」
「生産費は単一作目を前提に作られた一つのモデルに過ぎないが、農業は複合的なもの。現実を示す指標としては問題が多すぎる生産費が、農業の物語の根拠となって独り歩きしている。生産費は差益を求める根拠にされるが、お金をかけても儲かると思う期待はしばしば裏切られる」
「お金を使えば容易にことが進むので、知恵の泉は枯れて皆同じことを考えるようになる。農業はお金ではなく知恵を使い、太陽エネルギーのもたらす資源を循環的に活用してコストゼロを目指すもの。まず自分で食べたいものを作り、満足なものができれば買ってもらう。そうすれば生活は成り立つし、経営もうまくいくはずです」

雑草大国の日本を牛が変える

「牛は草を食べて成長、子牛を産み、育てるので、牛を放牧すれば自然に資本が増加する」
米国は西部開拓時代に野生の牛(バイソン)を乱獲したが、その後に放置した家畜の牛が野生化して増えた。これを捕獲したのが、肉牛産業の始まり。米国、豪州の肉牛生産は穀物が作れないやせた砂漠隣接地帯にある。雨が降らないので草も少ない。
「草も多い少ないは降雨量次第。だけど、牛は草を食べるだけでなく、草を作ることもできる。」
糞尿は肥料となり、糞中の種子と一緒に土に踏み込んで牛は施肥、播種、覆土をしてくれる。
「草の少ない所では、牛を飼うために草を作るのではなく、草を作るために牛を飼う。草が増えれば牛が増え、牛が増えれば収入が増えて経営が安定する。しかも草地が草で覆われれば土壌侵食も防止でき、市民も喜ぶんです」
牛の放牧で、今より良い環境を次の世代に引き継ぐことができるという。日本の土地は狭いが、気候温暖で雨が多い雑草大国だ。草資源が豊かというより、農業は雑草との闘いである。日本の里山は水田も含めて農林業で管理してきたが、これが困難になったのであれば牛、ヤギ、羊の草食動物に手伝ってもらうしかない。
「これまで家畜は畜舎に閉じ込めて上げ膳据え膳、糞尿の処理までしてきたが、草食動物は草さえあれば自分で生きていきます」

ハイブリッド牛の放牧で家畜を自然につなぎ、生産者と消費者をつなぐ

ハイブリッドというのは雑種や組み合わせのことで、エンジンとモーターを併用するハイブリッドカーで知られる。2つ以上の異質な組み合わせは牛の世界にもあった。
ホルスタイン種の乳牛と黒毛和牛の交雑種である。
「牛えは人工授精が普及しているので、1頭の雄牛から数万頭の子牛を生産でき、雄牛の交配を調整すれば能力のそろったハイブリッドを作りやすい」
三谷さんは35年も牛のハイブリッド生産の研究と普及にこだわり続けてきた。
F1牛(交雑牛)は乳牛の副産物だから安く、強健で繁殖能力も高い。種を組み合わせれば相当なものを作れるという。米国に負けない自信の技術を研究10年で確立、全国に普及するために「畜産システム研究会」を立ち上げた。そして10年でF1牛の肥育は全国的に普及定着した。
「ところが、北海道旭川市の斉藤昌さんの牧場と出会って、自分は現場のことを考えて一生懸命やってきたつもりだったが、斉藤牧場が見せてくれる自然の大きさ、美しさ、それを作り出す牛と斉藤さんのすごさに比べて何とちっぽけなことかと教えられた」
早春に牛を放牧すると、牛は草がまだ短く少ないので、懸命に草を探して食べ歩く。草は地をはうように生き残る芝の草地となり、石ころだらけの厳しい山が庭石の美しい日本庭園に生まれ変わっている。
「牛がどうしようもない山をまさに宝の山にして見せてくれた。あそこで学んだのは、牛と自然の関係、人と自然の関係とい意味で非常にいい勉強をした。これは日本の宝だと思った」
三谷さんはF1雌牛を里山に放牧して、子牛を生産するシステムを考え出した。放牧牛が評価され、。牛の放牧で里山を管理する夢が一歩動き出した。
「農業には多様な役割があり、農業がむ加える道を探したい」

(編集委員 工藤憲雄)



最近、更新が滞ってしまいました。申し訳ありません。

今回は日経新聞からの引用です。重要なことが書かれていたのでクリッピングしました。

農業にも経営的観点が必要だというのが最近の流れですが、断じてそれは無いと言い切れます。経営的観点というのはいかにして効率的にカネを稼ぐか?ということであり、そういうことを突き詰めて行ったところで、資金力に乏しい地方や農村でどうやって活性化していくというのか・・・カネを増やすことが問題解決と考えている経験の浅い都会のコンサルタントが考えそうなことです。

地方や農村の強みは何か?ということから考えれば、経営的観点が必要・・・という答えにはならないはずです。地方の強み・・・それはカネでは計れない絆の強さだったり人間関係の濃密さだったり豊かな自然だったりするはずです。

それを使ってどうやっておカネを稼ぐか?という観点ではダメなのです。ものごとを何でも金銭価値に置き換える悪い癖をただちに私たちはやめなくてはいけない。最近では、子育てにも結婚にもおカネが必要ということでいろいろナーバスになってしまう人が増えています。私も、それで悩み、そして苦しんだ過去があります。

こういうのをまさしくおカネに支配されている状態と言うのでしょう。そろそろ私たちはおカネの支配から脱却するときが来ています。それは、おカネに愛されるようになりましょうというカツマー的アプローチではありません。

このあたりはまた次回に述べてみようと思います。ヒントは今回の日経の記事ですね。次回はそれほど間をおかずに更新する予定です。
posted by 葉隠さつき at 02:05| Comment(0) | 「農」に向かって | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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